2018年06月15日

父の誕生日に。



北海道のエステティシャン マーサです。

今日は父の誕生日。
すっかり痩せて杖なしでは歩くことさえ危うく、
弱々しくなってしまったけれど
顔つきは怖いときのまま。
そう、昔はとっても厳しく怖い父親でした。


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<リボーンの移転オープンの日、両親と>


中学校の教員だった父は学校でも怖い先生だったようです。
生徒を殴ったり
生徒の頭をバリカンで丸坊主にしたという話は本人から聞いたもの。
パワハラどころではありません、完全にアウトです。


ある宴会の席で父の生徒だったという数人にお会いした時のこと。
私の父とわかった瞬間
「えーーーーーーー!! アノ高橋先生の娘さんですか?」
「アノ タカハシセンセイの?!」
と驚いてしばし固まってしまいました。
そしてまた「えーーーーー!」って
次の言葉が出ないほどの衝撃ぶりでした。

その様子を見て私も衝撃でした
「そ、そんなにコワイ先生だったのね・・・」


でもね、父の元には今でも大昔の教え子さんらがよく遊びに来るんです。
50〜60年も前の生徒さん達ですから
見た目はだれが生徒か先生か(笑)

魚を釣っては届けてくれたり
野菜や山菜をくださったり
時には病院の送り迎えまで買ってでてくれる人もいて助けられました。

子供の頃からよく人が集まる家でした。
「一杯飲ませるから来いや」と
近所の人や、先生たちを招いては夜遅くまで宴会をしていたものです。
私が札幌にいた頃には旅行で旭川を通る友人が実家に泊まっては
父とお酒を飲むこともよくありました。
「○○君という人が行くから泊めてあげてね」って
お酒さえあれば誰とでも仲良くなれるみたいです。


免許もないのに車を買って来たというやんちゃな父
喧嘩しては母を怒鳴りつけていた怖い父
釣りに盆栽、囲碁、将棋と趣味が多かった
それだけ友達も多かった人
80代になってもゴルフをしていた父
おせっかいでいつも人のお世話をしていた
色んな人が相談事にやって来ていたな〜


私がOLを辞めてエステティシャンになる時は
反対し、独立する時も心配ばかりしていたけど
今では「たいしたもんだ!」って言ってくれる。
いくつになっても親に褒められるのは一番嬉しいかも。


入院中で好きな物食べられないし、お酒も飲めないから
結局なんのお祝いもしてあげられなかったから
お手紙代わりのブログを書きました。

あと何回お誕生日をお祝い出来るかな。
「おとうさん お誕生日おめでとう」


posted by リボーン マーサ at 23:56| Comment(0) | マーサの日常、想いなど